1000字中の備忘録

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路上と車の手引き

2016年8月23日、「ポケモンGOによる初の死亡事故が発生した」と報じられた。徳島県徳島市方上町の県道にて起きた事故で女性2人が死亡、運転手は逮捕された。

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その後も何かと『ポケモンGO』に絡めた交通事故、あるいは危険運転が報じられたことでNianticは仕様変更を行うことに。

その仕様変更とは、一定の速さ以上で移動しているときはポケストップでのアイテム入手が出来なくなるというものだ。ひとまずは、車の運転中、あるいは乗車中に『ポケモンGO』を触るメリットはほぼなくなったと言える。

 

この一連の流れを受けて一部では「悪いのは人間であってゲームではない」とか「危険なゲームは規制されるべき」といった様々な声が出ている。

 

 

車を運転するということ

まずは大前提として、運転中にスマートフォンなどの画像を注視する行為や携帯電話を用いて通話する行為は、道路交通法で禁止されている。そもそもからして、運転中に携帯電話に触ること自体が危険行為なのだ。

実際のところ、カーナビすらNGとして扱われている現状である。そこら辺は運転免許取得の過程でほぼ必ず学ぶことである。

 

車というのは歩行者からするとどう見たって「超高速で駆け抜けるヤバいやつ」なんだから、その辺りの認識は車に乗っている間は忘れないようにしたい。

 

私自身は運転免許を取得しているペーパードライバーである。しかし、自動車教習所で学び運転免許を獲得した人は自動車に対する心構え、つまりは「車に対する礼」というのは運転免許を獲得したものなら皆持っているものなのだ。運転免許を取得する過程、つまりは座学と実習で「超高速で駆け抜けるアイツ」のことをしっかりと理解するのだ。

 

運転免許を取得した後だと、普段何気なく車を運転している人を見る目というのは確実に変わる。特にバスやトラックといった大型車両の運転なんて、普通自動車免許を取得した後だと完全に異次元の領域である。

日常的にバスやトラックを運転している人は「車に対する礼」をより深く理解していると私は考えている。

 

普通車の運転手ならばそうした「車に対する礼」を心得た上で運転を行っているのだが、時には欲望に負けてしまうこともあるだろう。

ある時は極限状況が続いたゆえの「休みたい」という欲求、ある時は誘惑に屈して運転を蔑ろにしてでもやりたいという欲求。そうした欲求に屈したとき「車に対する礼」を忘れて注意力散漫になり、交通事故につながるのだ。

 

ポケモンGO』の何が悪かったと聞かれれば、そうした「車に対する礼」すら忘れてしまうほど、ポケモンGO』が面白すぎるのが悪かったのかもしれない。「美しさは罪」とかそういうアレである。

 

車の運転中に何かあった時は、とにかく車を停めてから対処しよう。「ながら運転」は車に対する冒とくである。

 

罪作りな道具たち

道具を使用する際には、多少なりともリスクが発生する。

例えば包丁を持てば、何かを傷つけるリスクというのは意識せず手も背負っているものである。しかし、その包丁がきっかけで事故が起きても包丁を非難することはないだろう。それくらい包丁という存在は世間では受け入れられているのだ。

このように、基本的に道具に罪はない。どんな時でも誤った使い方をした人間が罰せられるのである。そのため、『ポケモンGO』が悪いという意見を筋違いだと主張する人がいるのはある意味当然と言えるかもしれない。

 

しかし、本当に罪はないのだろうか。特に『ポケモンGO』を初めとしたアプリケーションは「アップデート」などで直接改善することが可能なのだ。なまじ途中からテコ入れが可能な分、問題を深刻化させているのかもしれない。

 

ひょっとしたら包丁も規制のはざまで揺れ動いた末に販売が許可された…… といった感動のエピソードが存在するのかもしれない。

ひと昔前は意図的に切れ味を落とさないと販売できなかったとか、先は尖らせてはダメとかそんな感じ。

 

規制と諦め

まあ包丁の話は『ポケモンGO』とは関係ないので、話を戻そう。

私自身は『ポケモンGO』を悪いと考えてはいないのだが、もし世間一般で『ポケモンGO』が悪いといった風潮が広がった時はどうなるだろうか。

 

そうなれば『ポケモンGO』の日本国内におけるサービス停止は免れないのかもしれない。最終的には法整備で「位置情報を活用したゲーム全般」が禁止される。という未来もあり得るだろう。

 

法律で規制されてしまえばどうしようもない。ごく一部を除いて、『ポケモンGO』を擁護する人も次第に諦めてしまうだろう。つまるところ、世間一般で「人間では制御できない代物」は規制せざるを得ないのだ。

 

しかし、それは同時にその道具を扱うことは一般人にはできないという諦めではないだろうか。

本当に人類の手に負えない代物であるならば規制されてしかるべきだが、今のところは『ポケモンGO』は使用者の使い方によってどうにでもなる段階である。

 

それに、いざ規制されると「人類には位置情報ゲームすら扱えない」といった烙印を押されているように感じる。それは人類の可能性を過小評価していることに他ならない。人間が人間を貶めているのだ。それはなんとなく気に入らない。

 

国によって規制されているもの認められているものはいくつもある。日本で規制されていて、他国で認められているものとして思い浮かぶのは銃などの兵器類、他にもマリファナなどの合法薬物が当てはまるといったところか。

 

逆に日本ぐらいでしか認められていないものだってあるだろうし、国単位ではなく宗教の観点から見てもそうしたモノは多数見受けられる。イスラム教における豚肉とか。

 

ここで重要なのは認められているから正しいとかそういう話じゃない。規制されているものと認められているものの基準は国によって、宗教によって、もっと言えば個人単位で大きく異なっているのだ。

 

しかし、認められている側からすれば、規制されている側の言い分はほとんど理解できない。「宗教上の理由で食べられない」とか「うちの国では認められている」と言っても理解できる人類はそこまで多くないのである。

 

ひょっとしたら「認められている側」からすれば、法律によって規制するという行為は「国が管理しなければモノの管理すらできない糞野郎」くらいに思っているのかもしれない。いや、糞野郎は言い過ぎだがそういった基準で上下を考えている人がいてもおかしくはないだろう。

 

規制するのも道の一つだが、安易な規制は人類の持つ可能性を踏み潰す行為であることも確かである。人類は可能性に向き合っていかなくてはならない。

 

私たちに出来ること

色々と語ったが、今回のような交通事故を減らすうえで今すぐできることはいくつかある。それも即効性のあるやり方だ。

 

 

 

車を運転する際にはスマートフォンの電源をオフにする。これに尽きるだろう。

 

会議中はスマホの電源をオフにするのと同じように、運転席に座ったらミラーの確認やシートベルトの装着の前に電源を切ろう。重要な連絡が運転中に来たのならば、目的地に着いた後は電源を入れて確認すれば良い。

 

人類は、まずスマートフォンを使いこなせるところから証明していかなくてはならない。

 

おまけ

これは交通ルールとは関係ない『ポケモンGO』による規制の話。あれば話題が生まれるが、なくなればそれでおしまいである。

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