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1000字中の備忘録

最近のニュースからお気に入りまで、色々と文字に起こしていくブログ

カードと競技の殿堂

数日前、タカラトミーが販売する激しく熱かりしカードゲーム『デュエル・マスターズ』にて発表された「殿堂レギュレーション」を見てみたいと思う。

殿堂レギュレーション|デュエル・マスターズ

ざっくり言えば殿堂入りになったカードはデッキに一枚ずつしか入れられなくなる。プレミアム殿堂に至ってはデッキに一枚も入れならない、いわば「制限カード」や「禁止カード」という扱いである。

今回新たに殿堂入りしたのが《フェアリー・ギフト》《フォース・アゲイン》《邪帝斧 ボアロアックス》の3枚。プレミアム殿堂に《次元流の豪力》が追加された。その一方で《王機聖者ミル・アーマ》の殿堂入りが解除されている。

こういった殿堂入りを設けている意図に関しては、下のページで語られているので気になる方はチェックしてみてほしい。

クリエイターズ・レター Vol.9|デュエル・マスターズ

上記の理由以外にも近い内に登場する新弾のカードとの相性が危惧されてあらかじめ殿堂入りになるということもあるようだ。今回の殿堂入りしたカードはいずれも実績が伴っての殿堂入りだが、今後代用できそうなカードが新たに登場する可能性も考えられる。

強力すぎるカードを規制することは別にデュエル・マスターズに限った話ではない。他のカードゲームでは勿論、コンピュータゲームならアップデートによる直接的な強化、弱体化が施されることも今では当たり前になりつつある。

 

こうしたバランス調整が行われるのも、全ては「多くの人に楽しんでもらうため」の一点に尽きる。人通しが競い合う都合上、来るものを拒むような環境は断じて許されないのだ。

 

 

www.news-postseven.com

本日、無事閉会式を迎えたリオオリンピック。開催前は色々と危ぶまれていたが、表面上は大きな問題も起きることなく無事全日程を終えることが出来た。

上記の記事はそんなオリンピック開催日に、「高須クリニック」で有名な高須院長が書いたものである。何でもアリというのは誰もが考える「理想の舞台」を実現させる魔法の言葉のように聞こえるが、実際に「理想」だと思っているのはごく一部の人間かもしれない。

 

デュエル・マスターズでも全てのカードが使用可能な「殿堂ゼロデュエル」が時折開催されている。過去にプレミアム殿堂入りとなった超強力カードと現時点で活躍しているカードが一堂に会するのはまさに「夢の共演」といっても過言ではないだろう。

しかし、「殿堂ゼロデュエル」では本来のデュエル・マスターズが有する醍醐味や逆転要素は度外視されていると言ってもいいだろう。逆転要素をあっさり排除してしまう、自分のターンが回ってこない、クリーチャーを場に出せない、延々と攻撃を防がれてしまう……そういった「詰み」がごく僅かなミスで招いてしまう。

 

おそらく、どんな競技であってもこういった「何でもアリ」の環境を正確に読み取り、勝ち続けるということは至難の業であろう。少なくとも並の選手に出来る所業ではない。

ここで、競技における大前提「多くの人に楽しんでもらう」が崩れてしまうのだ。観客にとっては何が起きているか理解できず、初心者にとっては勝ち方もわからない。そういった層を取り入れることができないと競技人口は増えず、競技としては最終的に死んでしまう。

多くの人が観戦するオリンピックだからこそ、何でもアリな舞台ではなく、多くの人が楽しんでもらえるような舞台作りを整える必要があるのだろう。

 

number.bunshun.jp

一方でこちらは4年前の記事、卓球で行われているある不正行為に関する記事である。卓球でボールの弾みを良くする補助剤の存在の何が問題なのかが記されている。

強力な補助剤が登場することで更に強力な補助剤が開発されるようになる。それは一見すると一般的な技術発展の過程に見えるが、競技としては致命的な欠陥を抱えるようになる。

選手の間で競技そのものではなく、補助剤が重視される傾向が強くなってしまうという問題が発生してしまうのだ。そうなると選手の力量以上に補助剤の質が勝敗を決するようになる未来は避けられなくなる。

最終的に「より強力な補助剤を使用した方が勝つ」という、卓球という競技を根本から覆すような事態になりかねない。

この補助剤を禁止化する制度は現在のところ実現できていない。そうした中で今回のリオオリンピックの舞台では水谷選手は見事に銅メダルを獲得。不正行為を判別できない中で真っ向勝負を挑み、勝ち取った銅メダルの価値の大きさは語るまでもないだろう。

 

デュエル・マスターズマスターズにおいても例外ではない。それこそが冒頭で記した「殿堂入り」である。

強力過ぎるカードが存在するとそのカードを中心として環境が形成される。そうなるとその「強力過ぎるカード」を可能な限りデッキに入れることが勝つための必須条件になる問題が発生してしまう。結果的にデッキ作りの幅及び、遊びの幅が狭まってしまう

他にも、本来強いカードが「強力過ぎるカード」と相性が悪いという理由一つで「弱いカード」として扱われてしまう。強力過ぎるカードはゲーム性やカードの価値を歪めてしまうのだ。

現にデュエル・マスターズでは無双竜機ボルバルザークという怪物を生み出してしまった過去を持つ。

 

そうした人間の力量以外の要素で「強過ぎる」と判断された要素は規制される必要があるのだろう。ドーピングが分かりやすい例だが、それは道具であっても例外ではない。「道具」が規制された例としては一時期競泳界を騒がせたレーザーレーサーが有名だろうか。

news.livedoor.com

 

競技とは、対等な条件下で選手が死力を尽くして争うからこそ長く愛され、人々に感動を与え、そういった選手に憧れることで競技人口が増えていくのだ。

競技に挑む選手が死力を尽くし、競技を支える人たちがその舞台を整え、そして競技を観戦する人はマナーを守って観戦する。全てが成り立つことで競技は、多くの人に楽しんでもらえるようになる。そのことを忘れてはならない。